シーダ・バーンのブログへようこそ。
これから家を建てようと思う人に伝えたい建築家の日々の仕事ぶりを綴っています。
学生さん、社会人の方々にも参考になれば幸いです。
なお、当ブログでは、人物、場所、日時等が特定できるような表現を控えています。



廻日録 
かいじつろく
ワークショップ階段見上げ
7月9日(2014年~2008年の7月9日)

2014年月曜日曇り。
ぶどうの落果の様子がもうひとつ。ハチブンブンの音も聞こえない。8時発丹人高速9時前現場。タケちゃん組4人。バト詰め。ワークショップ階段上残材のテーブル。小アーキテクチュアとなった感。トウさんは棚収納残材。トイ電気2人配線。17時半帰路。夕刻、13y邸照明シェードを雑貨店Nfで購入。


2013年火曜日晴れ。
13y邸模型
(まえがき)
小若と3年目の夏プールを迎えた。1歳半の時、2歳半の時と比べて水に対する慣れが格段に進んでいる。入場するのは、だいたい16時過ぎから。まだ人出は少ないうえ、帰り客も多いので、18時15分前のラストまで約1時間半伸び伸びと水と戯れている。真夏の太陽を反射してキラメク水面をみながら、海水パンツとメガネだけのこの娯楽は50年前と何も変わっていないことに感慨。


朝小若小母送迎。8時半バトと新アルトにてメゾン、一旦帰路。13yの模型写真を撮り直しは、基本設計書の最終段階。9時半徒歩にて再びメゾン。10時玄関ドア改修の業者と打ち合わせ。バトと二人で、共用部扉改修の打ち合わせ。電気屋さん、改修打ち合わせと忙しい。12時前水漏れ跡の窓の目視。一旦帰路、高級スーパー立ち寄り。
かつおたたき、はも湯引き、中華弁当はバト、湯葉豆腐、生春巻きは番頭、厚揚げ、滝川豆腐。昼食午睡。13時半三回目メゾン、ボイラー打ち合わせ、現地最終の詰め。電気関係5人も午後まで調査。16時半、帰路、番頭と待ち合わせ、小若お迎え。プール。18時過ぎ帰路。


2012年月曜日晴れ。
11y邸 ガレージ小屋スケッチ
6時過ぎ起床。朝食の後マッサージチェアにて仮眠。8時前小若母親が新アルトで到着。ガレージ現状満杯につき、メゾンへ転送。徒歩帰宅。チアが11y邸網戸実測と建具納品立会いに。10時から見学来客あり。若いご夫婦で、近々の計画はないけれど一度見ておかなければと。雑誌での平面例や雰囲気などに浸ってから、1階廻りをご案内する。余韻を残して12時ご退場。昼食は番頭と近くの名物魚料理屋で真コチの刺身と煮つけ半分定食。界隈のベーカリーでハードやコッペ購入して、炎天下の中、1メーターでタクシー帰り。午後から番頭に急かされて11y邸のガレージ屋根の架構検討。もともとの発想は、農夫や漁師の担ぐ天秤棒であった。揺れの大きさを危惧して今回は肩幅を広くとって、柱間を一間にして安定方向に。東西のバランスを変えたB案をバトに添付メールする。夕方小若母とプロシードにて小若拾ってメゾン。帰り際理事のラムさんと出くわす。帰路途中、スーパーで刺身など購入、夕食。
12y邸はバト詰め。シゥー組4人(シゥー父含)基礎工事の脱型 一部埋め戻し 束石型枠など。午後からダヤ商会 先行配管。
(11月8日時点のコメント)
遠方から帰っての翌週始まりはほぼ終日事務所。ともかく現場の重なりは3か所から2か所となった。就寝前YOUTUBEで聴いていたのはフランス・ギャル。シンプルな、しかも究極の名前である。1965年「夢見るシャンソン人形」の大ヒットで洋楽のアイドルだった。当時はギャルと言う呼び方はなかったが語感が伝わってきた。来日して振り袖姿で京都などを訪れた。まだまだフランスやイタリアの音楽の輸入が勢いのあったころである。68年位からの英米ロックムーブの音世界になってアイドルは賞味期限を迎えた。フランスギャルも過去形となり、以来40年を過ぎて掘り起こしに夢中になった。詳しくは次の機会に・・。

10ex邸とお向かいの小屋
2011年土曜日晴れ。
10ex邸電車で9時着、10ex様1、タケ大工3塀建て方、ベンガラ塗り。午後からチアと交替。メゾン理事会へ。10z邸、外構3。


2010
金曜日

2009
木曜日
09x邸外部


2008
水曜日
08y邸 渡り廊下庇






2007
月曜日
07y邸 土台敷き