*講義録は実際の講義内容に沿って書かれていますが、後追いでの記述ですので補足・訂正などが含まれることが多々あります。またテーマでは写真等を見ながらの説明でしたので、今回の講義録では大量につき再現せず、何らかの機会に写真、イラスト等で追加したいと思います。
なお、講義に先立って、担当教授より今年度の講義のシラバス等の説明がありました。*
皆さんこんにちは。今日から来年の1月まで皆さんと一緒に「積算・施工」のことを考えて行きたいと思いますが、実は私は前年度の1月にこの講義を終えて以来ずーっと仕事に打ち込んで来まして、最近までこの講義のことは一切頭の中にありませんでした。もともと教えることについて専門家ではないですし、黙々と、という時間帯がかなりある人間です。いわば、ぶっつけ本番ですから、気合を入れてお話していきたいと思います。普段は木造住宅の設計を中心に仕事にしていますので、講義の内容もそれに沿ったものになります。木造住宅は建築の原点だからこそ、
わかりやすいということもあるかもしれません。
わかりやすいということもあるかもしれません。
お品書き |
この講義の構成を、あらかじめお伝えしておきます。私の大好きな音楽の構成になぞらえて進めて行きます。まずウォーミングアップの意味で、10分程度のイントロがあります。次に、工事現場の様子をたくさんのスライドを見ながら説明していきます。幸い、今現在小規模な住宅の工事管理をしていますから、リアルタイムに近い様子がわかると思います。これは音楽で言えば、主題、テーマに当たる部分です。次にこの講義のツボに当たる重要な考え方を説明します。いわば、サビの部分ですね。大事なことですから、何度も繰り返し言葉が出てくる・・リフレインがあるかもしれません。最後は、クールダウンです。皆さんにお配りしたアンケート用紙に感想・質問を書きとめてもらって、その中から数点お答えしていきます。いわば、フェードアウトの様相で講義を終えたいと考えています。
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時間がないので、早速イントロに入ります。第1回は「科学と学科」という、私の昨年の初講義で語った話です。昨年と考えが変っていませんのでほとんどそのままの内容です。これをチアさんに音読してもらいましょう。(別紙参照)
現場仕事7つ道具 |
次にテーマに移ります。私は事務所の所長ですが、初期の現場にはほとんど詰めることにしています。所員とは大量に撮影した現場の縮小写真をメールで転送しますし、通話料無料の携帯やメールで徹底した打ち合わせも行います。現場には様々な情報が込められています。気温、光、風などの自然環境、近隣(住民と建物)や通行人、車などの人工環境、さらに職人やら機械、資材などの工事環境などが混在しています。その中で、様々な決断をしていくことがベストですから。トップの決断が現場環境に裏打ちされたものだから、所員は安心して後方支援にあたることができるのです。
現場の始まりは地盤調査という、工事前の調査工事がありました。このときはチアだけが立ち会いましたが、測定データから地盤が余りよくないとの報告を受けました。地盤調査はもちろん機械だよりですが、費用の点から5ポイントが標準です。ですから、ある程度自分でも簡単にできる方法で、その他の地点も調べるようにしたいものです。例えば、3センチ角の角材に靴底をあてて体重を乗せてみます。これでめり込まなければこの地点の地盤はまず大丈夫です。なぜなら、体重60kgとしたら、地盤は1平方メートルあたり6トンまで耐えられるからです。木造住宅は重量が比較的軽く3トン以上確保すればよいとされるので、大丈夫ですね。また基礎底など掘り方の最中も試してみればなお安心です。
調査の数日後、地鎮祭がありました。といっても、これは施主が手配したもので、私は呼ばれていった立場です。工務店などの場合は、用具備品などが手持ちしていることもあって、ここぞとばかり力を入れるところもあります。それはいいとして、今回の施主のご意向は神主さんを呼ばれた正式に近いものです。本来はテントなどの施設も必要で、今回も開始時点では雨模様で心配でしたが、なんとか雨も上がってほっとした次第です。祭壇の足元に砂で円錐形の山を築き、てっぺんにそこらの草木を挿しておきます。儀式のハイライトが始まります。設計者が樹木見立ての草木を鎌(かま)で刈り取るまねをして抜きます。次に施主が鋤(すき)で砂の一部を掘って、神主さんが鎮め物をその中に置きます。最後に施工者が鍬(くわ)で土を掘り上げて鎮め物を埋めようとします。これでハイライトは終わりですが、通常だと鍬入れが施工者なので、当日設計施工のものとして1人でしたから、どうなるかと思いましたら、神主さんは鋤を奥様、鍬をご主人に託したわけです。考えてみれば、私の施工は請負ではなく施主の事務委任行為ですから理にかなっていたわけです。神主さまを呼ばれない地鎮祭というのもあります。最寄の神社に出向いて、御札や鎮め物などをいただいてきて、身内だけで簡素な式をするものです。お神酒、塩、米などで清祓いなどします。このときも施主から呼ばれることが多いです。一般に工事業者は呼ばれません。今回の施主も、竹や縄、砂などは自分で段取りされて、また四方の竹もスタジオの照明用スタンドを利用されて、費用を節約されていました。自分たちで工事を進めていこうというスピリットが感じられました。
儀式は約1時間ほどで終わり、神主さんがお帰りになってから、近隣の挨拶に回ります。ご主人が、今回の工事は分離発注という形です。工事業者が分かれて出入りするので、設計士さんのアドバイスを受けて私が管理します。何かあったら、設計士さんのほうに連絡していただいたら、私のところで判断できるようになっていますので、と説明していただきました。その設計士としては、後方で粗品を束を携えて、一部始終を見守るだけの人でした。ただし、近隣の方々の応答や、隣接する特に北側の方のご様子はしっかりと頭に入れておきます。総合請負工事の場合とかなり立場が違うため、施主の緊張は相当なものでしょうが、こういう風に私がサポートしていくわけです。
地鎮祭や近隣挨拶は大体土日の午前中が多いですね。翌週の月曜日から工事にはいれますし。いよいよ、着工です。今回は基礎工事の前に地盤補強工事というものがあります。いづれにしろ基礎の位置を正確に出さなければなりませんから、初日は基礎屋さんに仮設工事にはいってもらいます。今日もがんばって朝早く8時に現場着でした。まだ誰も着いていません。やがて親方のカイさんと手下のドロさんが来ました。見積りの値段が安い会社だったのですが、一目見て、親方は30代の働き盛り、日焼けした顔に筋骨の体、言葉少ない無愛想などから、なるほど、これは期待できるなという感じがしました。口数が多かったりすると逆に心配になるものですから。
今日は水盛遣り方という作業です。聞き慣れないものです。最近は丁張りという言葉でやり取りされる場合が多いです。土木工事からの呼び名だそうです。基礎屋さんといっても、分類は基礎工事ではなく、土木・建築工事に入るのですね。水盛とはホースの中に水を入れて水平を出したことが由来です。実際の壁芯より1メートルくらい広く四方に直角のL型に木杭を3本立てます。そこに水貫と呼ばれる横木を打ち付け、高さは水平にします。この木枠に正確な縦横寸法の印を付けて水糸を張ると正確な形がわかるというものです。教科書では長方形の全体に横木を渡すように描いてありますが、カイさんはそこまでせずに、コーナーだけ押さえればあとはついて来るという賢い遣り方です。高さを出すのはレーザー機器です。昔はトランシットという目測レンズ機器だったのですが、省力化で今は少なくなりました。レーザーは勝手に回転して光を出すので、職人は各場所でバカ定規を立てて確認していくだけで済みます。
この日、ハプニングが起きました。図面どおりに遣り方の木枠が進み始めた時、どうも前面ガレージの寸法が不足のような気がしてきたのです。図面では道路から3メートルバックが建物前面ですが、あと60センチ多くとっても窓の位置や庭の広さ、法規上の制約などに影響がないことが感じられたんです。軽自動車の長さって3450ミリですから、3600ミリの前面スペースがあれば縦に置けますから、ガレージ事情が一変して2台置きも可能となるのです。あわてて、施主様をお呼びして談判、オーケーをもらってから工事屋さんに、始まったばかりだが移動してくれないかと頼み込んだわけです。それじゃ、やり直しだ、といって黙々と作業にかかる職人さんには頭が下がる思いでした。我慢の限度内だったんでしょう。もし、所員が現場詰めなら、手続き上手遅れになって、こうは行かなかったでしょう。写真も約1時間撮れていません。それどころではなかった証拠です。施主のご主人にも、間際になってばたばたご心配おかけしましたと謝りました。演劇のお仕事されているご主人は顔色ひとつ変えず、演劇では普通のことですから・・、と呟かれました。施工は演劇にも通じているんですね。
早々に遣り方工事が済んで、引き上げと入れ替わるように仮設便所屋さんが入場してきました。この便所は着工時にどうしても必要なものですが、朝一番の時間は、場所にもよるので指定できないんですね。いつも一人で運べるようになっていて、汲み取り式ですから30分くらいで指定の位置に据え付けて即使用できます。下水管に接続する水洗式もありますが、位置の制約があってあまり使いません。指定図面があって、据え付け職人に渡っているので、立会いは必要ではないように思いますがそうでもないんです。今回も指定は敷地の北西隅でしたが、北側のお宅のリビングの大きな窓の前になってしまうことがわかり、急遽南西の角に変更。浴室とか便所の窓に対するだけですから問題なしです。
今日は現場の初日でした。何事も初日は緊張するものです。やはり、朝早く来て業者を待ち構える気持ちがあって、俊敏に判断することが出来たのだと思います。
建物位置も決まり、予備日をとって翌々日に段取りしていた地盤改良工事です。調査をしてやや軟弱だったので、急いで地盤を補強することにしたのです。思わぬ出費がかさみますが、大事なところなのでいたし方ありません。見積もりを2社からとって、工事会社と設計内容を吟味しましたが、金額が一緒だったんです。内容を見ると杭口径の小さくて本数が多いところと、大きくて少ないところがあります。専門の構造設計事務所のアドバイスを受けて、後者に決めました。いづれにしろ、5m下の良好な地盤までオーガーという掘削ドリルの先端からセメントを噴出し土と混ぜながら場所打ち杭をたてます。その上に基礎を置けば基礎が下がったりすることはないのです。地盤改良は何回か施工経験がありますが、この工法を詳しく現場をみるのは初めてです。前回は鋼管杭でした。
地盤改良とユンボの説明 |
現場が始まるのはどこでも、朝8時です。住宅地ですから近隣への配慮は全国共通です。今朝はがんばって7時半過ぎに現地に着きました。現場へは3台車両が入ってきました。1台目からユンボというおなじみの機械が下ろされて、整地作業に入ります。何故整地作業が?と思いましたが。最初に前面の急な1メートルほどの斜面を重機が入り易いように斜路にするためだったのです。あとからわかりましたが、杭を作った後の頭が地面に隠れているので、平らにするコテ作業のために上部の土を掘り出すのに使います。整地終わって、遣り方の木枠から位置だしをします。そして、おおきなオーガー車(おおきなドリルで掘削する)が奥のほうから穴を掘っていきます。ところで、後から来たミキサー車ですが、どうしても北側の家の前の道路に置きたいというのです。見積もり時の条件書を見ると、「9・前面道路に終日プラントを設置する場合があるため、事前の近隣対策及び道路使用許可等は元請様にてお願いいたします。」と書いてありました。元請は施主とはいえ、実質事務所のことです。前面道路といっても、敷地前の幅がないため北隣の門の真正面にかぶってしまうのです。ドリルの車両がバックしてきたときに前面道路までスペースが必要だからです。この件については対策ゼロだったので、門の前との間隔を出来るだけ空けてくださいとお願いして、あとは出入りをされることが少ないことを祈るのみでした。ミキサー車に入れるセメント材料が搬入されました。大きな5袋です。これと水をミックスして、ホースを通って掘削しながら土の中に注入していきます。その数19本。夕方までかかりましたが、予定通り1日で終了。これがもう少し多いと、もう1日となって金額も変るんだろうなと思いました。
工事が終わると、道路掃除などしてもらって、あとは安全管理です。通行人、特に子供などが敷地に入って事故など起こらないように、進入禁止の意思表示をしなければなりませんが、今日は材料を忘れました。次回から赤いコーンと虎バーをもってこようと思いますが、取り急ぎ地鎮祭で使用した縄があったので、遣り方杭の間を結んで代用としました。帰り際、駅前の駐車場を探したり、遠方から来る大工さん用のゲストハウスを訪ねて条件を聞いたりして人、車の管理方法も決めていかねばなりません。これも施工の仕事のひとつです。
基礎工事の業者を決めるのには、その地域に適した業者がいないとなれば、誰かを頼って紹介してもらいます。紹介者は、施主、既に決まっている業者、解体屋とか地盤調査屋とか設備屋など。全国ネットでつながりのある業者、例えば足場屋、瓦屋など。最近はネットで検索も出来ますが、やはり口コミで人的繋がりを大事にしたほうがよいかもしれません。業者がわかれば、見積依頼書というものをつくって、図面とともに工事業者に送ります。出来れば複数の業者で、予算額があうまで順次探していくか、時間が迫れば同時に手配します。しばらくして、見積書がとどきます。1回目で予算内に収まればよいのですが、時によっては2倍もの額が出てくることがあります。以前の現場では決定するまでに、4業者で1ヶ月以上かかりました。今回は3業者の中から予算内の1社に決まりました。業者によって金額に大きな差がありますが、やはり安いところが決め手となるわけです。安かろう悪かろうの心配は、現場をしっかりチェックすることで解決していこうという姿勢です。高ければいいものが出来て当然ですが、営業経費とかが入っている場合はそうとも限りません。今回は半日だけですが、カイさんやドロさんを見ていると、この基礎工事は無駄な人数や時間をかけない働き盛りの専門業者のように感じて、まずはほっとした次第です。
サビ
施工と工事 |
では、サビに移ります。「積算・施工」のまず、施工という言葉。普段あまり聞きなれない言葉でしょう。たまに施工会社とか設計施工、責任施工とか聞きますね。一方、工事という言葉があります。この違いは何でしょうか。私はあるときまで、施工会社というのは実際にたくさんの職人を抱えて工事をする会社だと思っていました。ところがそれは全然違う認識だったのです。施工会社はたくさんの下請けの専門工事、例えば基礎工事とか木工事とか左官工事とか、たくさんの業者を集めて仕事をさせる会社だったんですね。自分のところでも工事することがありますが。大工が社長の工務店ならそういうことがあります。ほとんどは下請け業者や職人が現場仕事にかかるわけです。そのたくさんの工事の取りまとめをすることが施工という言葉の意味なんです。いわば手配師、段取屋さんです。よく言えばプロデューサー、ディレクターです。どの人にどれだけの期間どのくらいの値段で仕事してもらうのか決める人が必要ですし、日程を消化して請求書を処理しちゃんと出来ているかチェックすることも必要です。ここは、はっきり認識してください。施工会社・工務店、大概は総合請負会社・一括請負工務店は自分たちでは専門工事しない会社であるということを。
私は今まで40年近く建築の設計してきました。今も、これからもです。その中で設計者の現場仕事と施工者の現場仕事が大いに重複していることを常々疑問に思っていました。あるとき、住宅程度の規模なら施工も携わっていけるだろうと、思い実行してきたのです。多くの設計者はそう思いつつほとんど実行しませんが、施工者の多くは設計施工をしています。不思議な話です。この講義は、そういう設計者の立場から見た施工にまつわる話が中心となっていきます。(了)
フェイドアウト
最後のQ&Aに移ります。(これは次回に読み上げたものですが、この回の質問につきここに掲載します。質問者・感想者の名前は私なりのニックネームで呼んでいます。また、全員・全回のQ&Aはこちらをクリックしてください。)
第2回講義より(111105)
●普段は聞けないような、施工の細かい話まで知ることができました。一つ一つの工程を順序を追って画像を見せながら説明してもらったので、自分も現場にいるように授業を受けることができました。質問は、現場で工事を行っている人と共に、市居先生は設計者として同じく現場についておられると言っておられましたが、現場で設計者の主な仕事は何ですか?(キュー)
▲スライドでもありましたが、設計者は現場に来て初めて最終判断が下せるともいえます。現場担当者が最終、最高の決断をすることが出来る、たとえ所員であれとするのです。それなら所長がその現場に終日詰めて、工事を見届けるのが最も理想的なのですね。しかし、その仕事を終日していては事務所が成り立ちません。パソコン、携帯、デジカメで他の計画のスケッチや会話をしていることも多々あります。現場に車が置いてあると、現場仕事からの独立性があって重宝するのです。(先生)
●先生の中での「良い基礎工事会社」の基準が、「体が黒く寡黙な人」というところが先生の人柄を表しているのかなと思いました。でも確かにべらべらしゃべる職人はちょっと信用ならないかもしれない。質問、費用の話があった際、(ある会社の)140万ほどの見積が(別の会社で)80万ほどになったので、当初の(予算の)90万より10万ほど安く上がったとありましたが、施(工)主の方にはあらかじめ「90万の予算」と言って、最終的に10万安くあがっても「90万」で請求するのですか? (イビ)
▲工事会社とは専門の工事をしてなんぼの世界ですから、体が資本です。口や衣装は要りません。一括請負の工務店の施工の場合、最終的に安くも高くも、当初の施主との契約金額を変えずにもらってしまいます。今説明しているのは、施主が直接各々の工事会社に注文を出し、設計者は施主の委任を受けて事務的作業をするやりかたです。この場合最終的な注文金額、安い高いなりに請求が来ます。(先生)