シーダ・バーンのブログへようこそ。
これから家を建てようと思う人に伝えたい建築家の日々の仕事ぶりを綴っています。
学生さん、社会人の方々にも参考になれば幸いです。
なお、当ブログでは、人物、場所、日時等が特定できるような表現を控えています。



10日(水)
フラワー・ミュージックは、Summer of love 1967年に登場したフラワー・チルドレンに呼応したもの。以前から活躍していたmama’s&papa’sやbyrdsなどに加えてspanky & our gangが登場、sunshine companyも別のひとつのグループ。彼らの3曲、look,here comes the sun、happy、back on the street again、どれも飽きのこない佳曲である。

廻日録 12月10日 熊蟄の候

2012
検査入院中の仕事場
月曜日曇り。昨日の午前午後のウォーキングで疲れが足に来ている。なかなか起きれなくて、2度寝していたら医師からお叱りの呼びつけ。「いつまで寝てるんですか!」慌てて7時半から講義に間に合わせる。この日からしっかり録音と写真。今朝のポイントは細胞と言う工場のしくみについて。8時半血糖値下がった。血圧上々、今までより低いほうだ。メタボ改善が早くも現れている。講義が終わって、医師のお嬢様らしき方の処方談話が済んで、病院に入院費用の大金を預かってもらう。これからは自由時間。午前中パソコン仕事。メゾン給水給湯データ分類。定期報告書提出。午後の血糖値上々。昨日の足の疲れとるには、まずは新しくていい靴を。近くのスーパー内の靴屋で高級歩行用革靴とサンダル。買おうと思ったら大金預けて文無し。近くの郵便局でおろして、
9日(火)
小若と3年目の夏プールを迎えた。1歳半の時、2歳半の時と比べて水に対する慣れが格段に進んでいる。入場するのは、だいたい16時過ぎから。まだ人出は少ないうえ、帰り客も多いので、18時15分前のラストまで約1時間半伸び伸びと水と戯れている。真夏の太陽を反射してキラメク水面をみながら、海水パンツとメガネだけのこの娯楽は50年前と何も変わっていないことに感慨。

廻日録 12月9日



2012
湖一周5キロの散歩
日曜日曇り寒い。多少の寒さとベッドの相性で寝付きの良くないのを耐えながら、6時半廊下の物音で目醒め。食事の時間であるがサプリとだし汁しかない私はお呼びでない。7時自己申告検査、わるくない。一晩眠れば下がるの当たり前と思ったら、そうでもないと言われた。ここでは世界でも珍しく就寝前と起床時の検査をみると言う。肝臓などの働きで朝の方が上がる場合があって、そこを確認するらしい。サプリと薬。7時半から医師の講義1時間。こういうやり方は予想外のユニークさ。
8日(月)
そのsummer of loveに登場したspanky & our gang。いわゆる紅1点グループで、特に大ヒットがあるわけではないが、「思い出の日曜日」というデビューヒットが知られている。それもいいが、like to get to know youとかsunday morningなども、イカシテいる。不思議だが飽きが来ない。どうやら先生はジャズ、クラシック、フォークが混ざったものが大好きで、そのブレンドに妙味があるのだろう。

廻日録 12月8日


2012
病院待合にピアノ
土曜日晴れ寒い。水飲みだけの朝、入院生活の用意。一人7時40分電車徒歩で9時15分崇○クリニック着。いよいよ人生、生まれて以来の入院生活の始まり。念願と言えばそうだが、意外と気負いはない。部屋に荷物置いて早速検査。医師自ら注射針もって30分おき、2時間で5回の採血。2回目に甘いサイダーのようなものを飲み干す。味の素がつくっているらしい。いわば糖分をしこたま飲んで、インシュリンの出方を時系列に測る検査だ。
7日(日)
それで夏になると思いだすのが1967年。アメリカではこの年は、summer of loveと言われて特別なのである。いわゆるヒッピームーブメントが起こりポップ音楽にもそれらしき曲が大流行した。そんな真っ最中の7月15日号からHITTABLEが再開されるのが楽しみというわけである。

廻日録 12月7日 大雪






2012
年賀写真
金曜日晴れ。朝からポークソテー。豆腐と卵汁。メゾン検針の件。午前と午後。11時から年賀の写真撮影。小若グッズの部屋。駅前スーパーで食材。特濃牛乳、カマンベールチーズ、バター無塩、寄せ盛り豆腐、生カキ、やりいか、生ホタテ貝柱、あさり、スモークサーモン。昼食、イカの煮つけ、サーモン、ホタテ。厚揚げ目玉焼き。○○本届く。水温計。図面タイトルと棒グラフ。検針データはこれで読み込んだ。あとは大阪瓦斯の個別シミュレーションを待つまで。夕食、
6日(金) 
ラジオから聴きいれた音楽の記録は、つぶさにHITTABLEとして残ったのだが。どうしても1967年1月から7月初旬までの1冊のノートが見当たらない。もう半年以上たってあきらめの境地。しかし前後のデータや、曲ごとにチャート・ポイントを記録していたことから、何とか前半までは復元したが、その後息切れて今に至った。

廻日録 12月6日



2012
木曜日晴れ。いつもの大学講義はキャンセル。何の病気かと聞かれたが、勝手ですが生死にかかわる、復帰は絶望的と伝える。朝食、温野菜、・・。チア、バトを集合させて、自分の病気のあらましを伝える。バトと特殊建築。医師探し。江○先生は、昔アトピーの子供を見てもらったことがある。でも超混雑で、木曜日14時から手下の先生にしか見てもらえないようだ。バト11時過ぎ12y邸現場へ。配管洗浄で11時過ぎメゾン。